東京の下町、蔵前に『カキモリ』という名の文具店があります。デジタルコミュニケーションが主流のこの時代に、筆記具を中心とした品ぞろえにこだわるこの小さなお店は、やがて越境ECと国際エクスプレスの力を得て、今では世界各地にファンを持つ文具店になりました。独自の品ぞろえとその世界観で文具ファンを魅了する「カキモリ」の店主に、お話を伺いました。
筆記具にこだわる、下町の文具店
若者だけでなく、老若男女が当たり前のようにスマートフォンでコミュニケーションを交わす現代。SNSやメッセージアプリなど、デジタル空間には大量の言葉が飛び交う。
「今の時代は、ペンを使って書く機会ってどんどん減ってしまっています。ですから、このお店では、人々に書くたのしさを再発見してほしいと思っています」。
そう話すのは、ものづくりの工房や問屋が軒を連ねる東京・蔵前にある文具店『カキモリ』の代表、広瀬琢磨氏。文具店ではあるが、この店が中心に取り扱うのは、ただ「たのしく書く道具」、つまり紙とペン、そしてインクだ。
「書く」ことのたのしさで溢れる店内
ペン先の卸売りを生業にした祖父から続く、文具商の三代目。筆記具にこだわる下町の店。そう聞けば、誰もが気難しい店主を想像するかもしれない。しかし、職人気質の頑固さや、デジタルの波に抗うような焦燥感は、広瀬氏からは一切感じられない。むしろ真逆の印象だ。柔和な表情と、穏やかな語り口は、「カキモリ」の世界観そのものだ。
「『カキモリ』の店名の由来は、たのしく書く人、「書き人」という意味から来ています。ですから筆記具でも、すごくラグジュアリーなものや、マニアックな品揃えではなく、興味のない人でも気軽に来店して、『久しぶりに、ちょっと書いてみたいな』という気持ちになってもらえるような品揃えを目指しています」。
まるでカフェかブティックを思わせる外観に、天井の高い開放的な店内。商品は、独特な丸みを帯びたインクボトルや、素材にこだわった紙やペン。それぞれが、思わず触れたくなる魅力を持っている。そして、不思議と何か書いてみたくなる衝動に利き手をくすぐられる。
その不思議な魅力は、商品名にも。澄み渡る快晴の空を思わせる青いインクには『からり』、同じ青でも海を連想させる青いインクには『ざぶん』、冬眠から目覚めた熊のような色には『むくり』など、独特な名前がつけられている。他にも、『くるん』、『ととと』など。不思議なネーミングが、書いてみたくなる気持ちをさらに掻き立てる。
「純粋に、自分たちが心から使いたいと思うものを置いています。お客様にも愛着をもって長く使ってもらえる商品。それはいつしか、単なる筆記具ではなく古道具になっていく。そんな品揃えを目指しています」
その情熱に共感した顧客が、ひとり、またひとりと増えていく。それは、国境を越えて世界にも。
「インスタグラムなどで興味をもってくださった海外のお客様が、わざわざ当店を目当てに来日してくれています」。
来店客が試し書きできる紙片には、英語やハングルなど、様々な外国の文字が躍っていた。
海を越えて広がる共感
筆記具は、人と人をつなぐ大切な道具
たしかにデジタルの発達で、言葉を伝えることは、たやすくなった。私たちの身の回りにはデジタル機器があふれている。いつでもONの状態で。想いを伝えるために、わざわざ電源を入れる必要もない。そして、指先から放たれた言葉は、瞬く間に相手に届く。
そんな時代に、わざわざ紙を選び、インクにペン先を浸して文字を書く。そういう作業を惜しまない、いやむしろその手間と時間をいとおしむ人々を増やしたい。それが広瀬氏の思いだ。
「紙に書くことで、自分の感情とか、相手に伝えたい思いってもっと伝わると思うんです。それがアナログの良さかなと思います」。
紙にペンを走らせる。たったそれだけの行為から、いつの間にか遠ざかっていたことに改めて気づかされる。
「書くことが当たり前ではなく、特別なことになっていく。そんな時代だからこそ、筆記具は人と人をつなぐ大切な道具だと思っています」。
広瀬氏の思いは、液晶画面に照らし出されたデジタル文字に疲れた現代人に、着実に届き始めている。
カキモリ
〒111-0055 東京都台東区三筋1-6-2 1F
TEL : 050-3529-6390
営業時間 : 平日 12:00-18:00/土日祝 11:00-18:00 定休日:月曜(祝日の場合営業)
https://kakimori.com/